5月とは言え真夏のような暑さでした。
先週、今週とあちらこちらで運動会が行われています。
昔は秋に運動会を実施していた学校が多かったですが、最近では春の運動会が多くなったようです。理由は様々ですが、春の季語として認知されるほど一般的になりました。
写真は私の孫の運動会の様子ですが、朝から子供達の熱中症を心配するほど暑かったです。
見学している私達も危ないほどでした。場内の放送で、盛んに水分補給を呼びかけていました。
そう言えば、昨日のニュースで運動会の練習中に熱中症を発症して病院へ搬送される子供達の映像が流れていました。
外で運動する人の事だけとは言えない状況があるようです。お互い気をつけましょう。
ところで、運動会の競技はどんなに時代が進んでも昔から変わらないようですね。
個人走、団体競技、ダンス(リズム)の三種目に各個人が参加し、特別な種目として応援合戦や大玉送り、紅白リレー(学校により3色や4色対抗リレー)で組立られているようです。
昔は今も?この他に地域対抗の綱引きやリレーなどが色を添え学校地域で盛り上がったものでした。運動会はやはり盛り上がりますね。
入学間もない一年生も一日参加してからの下校は大変でしょうね。
私見ですが、日本の教育のスゴさを感じてしまいます。
随分前のことですが、「識字率」と言う言葉を耳にしたとき、何のことだろうと困惑したことを思い出します。後に「読み書きができる割合」のことだと知りましたが、海外では未だに読み書きが出来ない人が多くいるという現実があるようです。
その点日本では特殊な例を除く意外はほぼ日本国中の隅々にまで教育は浸透していますから、識字率はとても高いと言えます。
これは運動会も同様です。実は私小学校を5回も転校していますが、その経験からしても勉強と運動会、遠足、授業参観、家庭訪問、等々はどこも同じようでした。だから子供ながらに困らずに済んだという事を身をもって経験してます。
大雑把に言うとこういうことですが、実は同じように見えて細かい部分では個性的な工夫を凝らしているのです。(学校や先生方の指導の工夫によって)
目に見える見えないにかかわらず・・・実はそこが命です。
こじつけるようで気が引けますが、私の作品がそうです。
例えばですが、百個の福の字を書く中にたった一つだけ左手で書いて変化とアクセントを待たせようとしたりしています。
なんだそんなこと・・・と思われるかも知れませんが、私にとっては大きな賭け(実験・挑戦)でもあります。
何せその一文字がダメだと全てがダメになってしまうからです。
同じに見えてもその中には独特な取り組みや挑戦が隠されている・・・些細な取り組みですが無数の挑戦材料がそこにはあることになりますから、まだまだ・・・と思えますし、だから続けられる、続けさせてもらってると思います。
平凡なる非凡はこんなことの繰り返しから・・・なのでしょうね。
「本物は続く、続けると本物になる」という言葉を先輩から学び取った経験があります。
私は素人ですから、続けることで本物になろうと決めています。
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太一 (日曜日, 01 6月 2014 23:26)
「本物は続く、続けると本物になる」いい言葉です。
私も今やってることを続けて、本物を目指します!!